つくり手の顔が見える「一番搾り」へ

近代産業として始まった、日本のビールづくりの功罪
日本のビールづくりは、明治時代に始まった。文明開化と共に立ち上がった近代産業であり、酒類の中では群を抜いて広く国民に親しまれるカテゴリーになった。ただ、あらゆる成功モデルがいつしか未来への足かせとなっていくように、ビール産業はかつての推進力そのものが原因となって停滞が続いている。
最もポピュラーなタイプであるピルスナーに集中してきたことで、いつからか画一的と見なされるようになった。また、全国に流通させるために巨大な装置産業となったことで、人が介在する「モノづくり」のイメージが希薄化した。小規模生産のクラフトビールは、市場を占拠する大手メーカーへのアンチテーゼであるかのように、「つくり手の思いがこもった」・「こだわり」のビールとして注目されている。
大手の一角であるキリンビールは、巨大な装置産業であろうと、モノづくりの根幹には醸造家の魂があるという。ビール離れを招いた反省に立脚したうえで、つくり手として製品に込めた思いを語り始めた。
日本らしさを追求した「純粋」なビール
1990年に発売した「一番搾り」は、今年で四半世紀の区切りを迎える。開発チームの一員だったマーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当マネージャーの舟渡知彦主幹は、日本らしさをテーマに新たな定番ビールを目指したと振り返る。当時はアサヒビールの「スーパードライ」が、ビール市場の流れを変えつつあった。
「ドイツにはビールの味の要素として、芳醇・爽快・純粋という考え方がある。日本市場には芳醇、爽快を体現したビールが存在していたが、純粋はないと思った。そこで純粋なビールで日本らしさを表現できないかと考えた」(舟渡主幹)
原料麦芽から麦汁を搾る工程は通常、2度行う。つまり一番搾りと二番搾りを合わせて使用するのが一般的だが、2度目の搾汁は最初に比べれば薄くなり、雑味が増える。そこで一番搾り麦汁だけを使用すれば、よりすっきりとした旨味になる。これを純粋なビールの味わいと位置づけた。

「植物を原材料とする以上、多く搾ればどうしても渋みが出る。あえて一番搾り麦汁に限るという潔さは、必ず日本人の感性に響くと考えた。私はもともと工場の技術屋で、当時は20代だった。このコンセプトを工場に話したときは諸先輩から何のために本社へ行ったんだと大いに非難された。技術屋からすれば、原材料からどれだけ搾り切れるかは生産性に関わる問題であり、腕の見せ所だからだ。
また、二番搾り麦汁を使わない贅沢な製法を採用する以上、社内には高価格帯のブランドとして発売するべきという意見も強かった。通常の価格帯でやるからこそ、我々の本気が伝わると粘り強く説得していった。社内の異論に直面しても、開発チームの思いは強かった。事前調査で一般の生活者にこのコンセプトを話したときの反応があまりにもよかったことが支えになった」(舟渡主幹)
一番搾り麦汁だけを使用する製法のこだわりを、そのままブランド名とした。漢字と平仮名だけで構成するビールとしては珍しい名称に、日本のビールというコンセプトが生きている。

素材の良さを活かす「一番搾り製法」へのこだわり
14年から広告コミュニケーションや各種セミナーなどを通じて、一番搾り麦汁と二番搾り麦汁をビジュアルや試飲で比較する取り組みを始めた。一番搾り麦汁の色の濃さや、香り・味わいの深さを体感してもらうことで、ブランドの本質的な価値を伝えることがねらいだ。
ブランドマネージャーの今村恵三主査は、「現代のお客さまは、1つのブランドに対しさまざまな角度から情報を得る。メーカーサイドから商品への興味を喚起するには、以前のように美味しさはこんな感じですよとイメージで伝えるよりも、こうだから美味しいと、本質をしっかり伝えることが重要だ。原点に立ち返ってブランドに込めたこだわりを伝える際、一番搾り麦汁とは何かを明示するのが第一と考えた」という。

一番搾り麦汁へのこだわりは、素材が持つおいしさを最大限に引き出すことへのこだわりでもある。独自製法をアピールする新しい手段として、15年3月には小麦麦芽を使用した限定醸造品「小麦のうまみ」を発売した。
「素材がもたらす香りや味わいを活かすことで、ブランドに新たな一面をつくり出せる。これも一番搾り製法の特徴だ」(舟渡主幹)
植物由来の原材料でつくるビールだからこそ、製品で旬を表現することもできる。シリーズの期間限定品として04年から展開している「とれたてホップ」は、旬をテーマに素材へのこだわりを打ち出したものだ。
ビールは、人の手がつくり出す
年間3300万ケース以上を製造するビッグブランドだけに、独自製法で素材の味わいを引き出す醸造プロセスは、大規模な設備によって行われる。可能な限り合理化し、生産性の向上を続けるのは当然のことだ。だからといって、醸造プロセスそのものを機械化できるわけではない。
「植物由来の原材料を使用し、発酵は酵母が行う以上、必ずバラつきが生じる。それを見極め、調整するのは人の仕事だ。さまざまな行程に人が関与することで、品質の均一なビールができる。クラフトビールというと、チャレンジ精神が旺盛で、生き生きとモノづくりに取り組んでいるような印象を受ける。我々だって、大量につくる条件のもと、人が情熱をもって取り組んでいることに変わりはない」(舟渡主幹)
規模の大きなナショナルブランドも、ビールをつくり出すのは人にほかならない。それを伝えることが15年度におけるブランドテーマだ。つくり手の存在を印象づけるための施策として、5月19日に全国9工場がそれぞれのオリジナルレシピで醸造した地域限定「一番搾り」を発売した。
9工場それぞれの「一番搾り」
各工場の醸造長が、地元の素材を使用したり、食文化などの地域性を踏まえて中身を設計している。通常の「一番搾り」は麦芽100%・アルコール分5%だが、「横浜づくり」はアルコール分6%、「岡山づくり」は同県産の米を原材料の一部に使用するなど、中身を変えている。しかも各商品の販売エリアは、工場が所在する一定地域に限られる。NBでありながら、販売エリアをあえてローカルに特化した。9工場のビールを全て味わうには、現地を訪れるか、ポイントコレクト形式のプレゼントキャンペーンに応募するしかない。
この企画によって、ユーザーには「一番搾り」が9つの工場それぞれで製造されていることが明らかになる。各工場の醸造家によって中身も変わり得ると知ることで、ブランドに携わる人の存在に気づかされる。
今村主査は、「9つの異なる中身は、地域との共生をテーマに設計した。味わいを重たくしないなどブランドとして守るべきポイントは共有しつつ、つくり手の思いや発想を最大限に発揮してもらった。米の使用ひとつを取っても、多くの議論があった。効率という面からいえば、企画そのものが非効率であり、以前ならとても実現しなかったと思う。この取り組みには、製品の背景に醸造家たちの顔が見え、人の温かみが伝わるブランドにしたいという思いがある」という。
広告コミュニケーションには人気グループの「嵐」を起用し、ブランドのメッセージを若年層にも届けようと努めている。もともと「一番搾り」の主要ユーザーは30〜40代が主体であり、発売から25年が経つビールブランドとしては若い。より深く知ることで、ビールの見方が変わる余地が大きい世代だ。CMのストーリーは、嵐のメンバーが「一番搾り」の魅力を再発見するという構成が多い。発見の楽しさやワクワク感を広げることで、ビールの定番ブランドに対するイメージ刷新を目指している。
週刊流通ジャーナル2015年5月18日号より抜粋